※ネタバレ注意
※名前は双葉です
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謙信「何だ。また、お前か」
「謙信様!」
謙信「なぜ俺の視界にうろちょろ入ってくるのだ」
(相変わらず素っ気ないな)
「お言葉ですけど、今のは謙信様がご自分から近づいてきたんじゃないですか」
謙信「お前がかがんでいたせいで、姿が見えなかった。次から歩くたびに狼煙でもあげて存在を知らせておけ」
(狼煙!?)
「それはいくら何でも目立ち過ぎだと思います…」
謙信様と会話する私を見て、幸村がなぜかあ然とした顔をする。
幸村「……なあ、佐助。あれ、どうなってんの。謙信様が普通に女と話してるんだけど」
佐助「さあ……。この前見た時は、お互いにもっと距離があったと思うけど。どうやら俺も知らない間に何か起こったみたいだな」
◎大げさじゃない? (選択肢4+4)
「ふたりとも……?普通に会話してただけでちょっと大げさじゃない?」
幸村「いいや、信じらんねー事態だぞ。お前……ほんとに女か?」
「女に決まってるよ……!」
佐助「幸村、気持ちはわかるけど今のは双葉さんに失礼だ」
謙信「邪推を今すぐやめないと斬るぞ」
謙信様がうんざりしたように口を挟む。
謙信「俺は明日越後に帰る。そのことを伝えるべく立ち寄っただけだ」
(っ、そうなんだ…)
佐助「急ですね。居座るって言ってたから、もうしばらく滞在するのかと」
謙信「越後の家臣から文が来てな。この前傘下に治めた国で内紛が起こっているらしい」
幸村「そんなの謙信様が直々に行かなくてもよさそうですけど」
謙信「確かに取るに足らぬ戦の類ではあるが、近頃の俺には戦の喧騒が足りていない。気晴らしに参戦して暴れ回るつもりだ」
幸村「あーあー…その国のやつらも気の毒に」
(気晴らしが戦って……私にはやっぱり想像もつかないな)
謙信「用は済んだ、俺は行くぞ」
佐助「どちらへ?」
謙信「酒だ。ここへ寄ったのはついでだ」
「お酒って……こんな時間からですか?」
夕刻に近いとはいえ、まだ辺りも明るい。
(そういえば、食事処で逢った時も……)
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謙信「聞くに堪えない諍いのせいで、俺の酒が不味くなった」
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謙信「酒を飲むのに、時刻が関係あるのか」
「ええっと、あるとは思いますけど…」
あまりに堂々と言い切られて、自信がなくなった。
(まあ、この時代だと明るいうちから飲むのも珍しくはないのかな)
佐助「双葉さん、謙信様は無類の酒好きなんだ」
「へえ、そうなんだ。謙信様はたくさん飲まれるんですか?」
謙信「飲みたいと思っただけの量を飲む」
(それって…)
幸村「つまりは浴びるほど飲むってことだ。しかも謙信様は酒乱だからなー」
「酒乱?」
謙信「誰が酒乱だ。人聞きの悪いことを言うな。俺は酒に酔ったことなどない」
幸村「やたら酒に強いことは知ってますけど、飲み方が性質悪いんですよ」
「幸村、酒乱って、具体的にどんな感じになるの?」
幸村は佐助くんと顔を見合わせる。
幸村「佐助や俺を巻き込んで、とにかく朝まで飲み続けようとしたり」
佐助「その場の思いつきでいつにも増して突拍子のない命令をし始めたり……色々」
「なるほど…」
(それは大変そうだな)
幸村「ま、とにかく酒を飲むのはいいですけど、騒ぎは起こさないでくださいね」
謙信「断る……と言いたいところだが、今日で安土の酒も飲み納めだ。静かに愉しむつもりでいる。無闇に騒ぎ立て、無粋な輩に酒の席を邪魔されるのも癪にさわるからな」
言いたいことは終わったとばかりに、謙信様は踵を返す。
「あ…」
(行っちゃった……。お別れなんだから、もう少し話せばよかった。謙信様のおかげで新しい環境に馴染めたってお礼したかったのに)
遠ざかる背中を見送っていると、心の中にもやもやが広がった。
幸村「飲み納めっつっても……あの人、ここのところ、連日飲んでるだろ」
佐助「なかなか戦が起こらないから、酒を飲んで気を紛らわせているんだろうな。そういえば、昨日は梅干しとお酒しかとってなかった」
「え、ご飯食べてないの?」
佐助「ああ。普段は結構食べる人なんだけど、気が向かなかったみたいだな」
幸村「わりと気分で動いてるところあるよな、謙信様は」
(昨日食べてないって言うのは、ちょっと心配だな)
佐助「双葉さん、どうしたの?考え込んで」
(そうだ、考え込んでても仕方ないよね。したいことは自由にするって決めたんだから)
「佐助くん、幸村。私、ちょっと行ってくるね!」
幸村・佐助「え?」
ふたりの返事を待たず、その場から足早に立ち去る。
(謙信様は、まだあまり遠くに行ってないはず)
雑踏の中、きょろきょろとその姿を探した。
(……いた!)
「謙信様!待って下さい」
謙信「……双葉?」
かすかに目を見張って足を止めた謙信様のもとに、歩み寄る。
謙信「今度は何の用だ」
(そういえば、最初に食事処で助けてもらった時も、お礼を言うためにこうして謙信様のあとを追いかけたな)
ついこの間の記憶と重なって、少しだけおかしくなった。
「すみません。伝え忘れたことが、ふたつあったので」
謙信「伝え忘れたこと?」
「はい」
左右で色の違う瞳を、まっすぐに覗き込む。
「謙信様に言われた通り、私、周りに自分らしくぶつかってみました。周りの人たちと打ち解けることができたし、やりがいのある仕事も見つけられました。謙信様のおかげで、色々吹っ切れちゃいました。ありがとうございます」
謙信「俺はお前のために何かした覚えなどない。そんなことでわざわざ追いかけてくるとは、物好きにもほどがある」
謙信様の冷たい眼差しに呆れのような表情が浮かぶ。
謙信「それで、今のが一つ目の用件か」
「はい。それで、ふたつ目の用件ですけど……」
(ここからが本番だ)
「この前のお礼も兼ねて、どこかのお店でご飯をごちそうさせてもらえませんか?」
謙信「礼など不要だ」
(うーん。やっぱり……?)
にべもなく断られ、肩を落とす。
(謙信様が越後に行ってしまえば二度と逢うことはないだろうし、言葉だけじゃなくて、何か行動でお礼をしたかったんだけどな。昨日はご飯を食べてないっていうし、いい考えだと思ったのに)
なんとか説得できないか考えをめぐらせていると、
数日前に安土城でみんなと交わした会話がふと脳裏をよぎった。
(そうだ、謙信様がそんなにお酒が好きなら……)
「知り合いに聞いたんですけど……この城下に幻の地酒を出すお店があるそうですよ」
謙信「幻の地酒だと……?」
謙信様の秀麗な眉がぴくりと動く。
(あ、食いついた…っ)
「はい。生産数が少なくて町の外には流通してないらしいです。ひと口飲んだだけで、その味を忘れらラないって聞きました」
謙信「ほう……それほどまでにか」
ここぞとばかりに私が言い募ると、謙信様の目が爛々と輝き出した。
謙信「背に腹は代えられん。その店に案内しろ。今すぐにだ」
↓恋の試練以下ノーマル↓
(やった!)
「任せてください」
謙信様に笑いかけ、一緒に歩き出した。
午後の日差しが夕方の気配を含み始めた頃、私たちは目的地にたどり着いた。
お店を見た謙信様が不審げな顔になる。
謙信「ここは茶屋ではないか」
「はい。だけど、お店の主人が蔵元と親しいらしくて、今の時期だけお酒を提供してるって聞きました。お酒に合わせたお食事もあるそうです。御礼ですから、お好きなものを頼んでくださいね」
謙信「……お前、本当に支払いを持つつもりでいたのか」
「え?」
謙信「女に奢られては、酒の味がわからなくなる。勘定はすべて俺が払う」
「でも、それじゃお礼にならないです……っ」
驚く私をよそに、謙信様はさっさと長椅子に腰掛ける。
謙信「この店を教えたのはお前だ。礼というなら、それで充分満たしている」
(そうかな?全然足りない気がするけど)
謙信「馳走などと生意気なことは考えず、食べたいものでも勝手に注文しろ」
「でも…」
(むしろ、それだったら謙信様はひとりで静かに飲みたいんじゃないのかな?)
謙信「何をもたついている。さっさと座れ」
御品書の紙を見ていた謙信様が、煩わしそうに顔を上げた。
謙信「相手が誰であろうと、案内をさせるだけさせて帰すような真似はしない」
(…そこまで言ってくださるんだったら、お言葉に甘えよう)
「ありがとうございます」
謙信様の隣にそっと腰掛ける。
謙信「さっそく注文するぞ」
お店の人に注文してしばらくすると、お酒とお料理が運ばれてきた。
謙信「これが幻の地酒か」
とっくりを前に、謙信様の唇が満足げに吊り上がる。
(本当にお酒が好きなんだな)
「お注ぎしますね」
謙信「……ああ」
謙信様が差し出した盃に、静かにお酒を注いだ。
謙信様はそのまま盃を口元へ運び……
謙信「なかなかだな」
(っ、満面の笑みだ……やっぱり破壊力あるな)
蛍の舞う夜に見た綺麗な笑みが、惜しげもなくこぼされた。
謙信「茶屋で供される酒とは盲点だった。有益な情報をよくぞ俺にもたらした、でかしたぞ」
「いえいえ、喜んでもらえたならよかったです」
謙信様は機嫌よく盃を傾ける。
(意外と感情表現豊かなところもあるんだ。なんだか可愛いかも……)
謙信「何を呆けて見ている。お前も飲め」
謙信様がもうひとつの盃にお酒を注ぎ、私に差し出す。
「ありがとうございます」
盃に口をつけ、ゆっくりと傾ける。
(あ、飲みやすいお酒だな)
「本当に美味しいですね……!」
謙信「ああ」
一緒に頼んだおつまみも美味しくて、思わず頬が緩む。
「謙信様が越後に行ってしまう前に、こうしてお話ができてよかったです」
謙信「どういう意味だ」
「だって、そうしたらもうお逢いする機会もなくなってしまうでしょう?二回も助けていただいた恩を、何も返せないままお別れしてしまうのは哀しいですから」
謙信「……妙に律儀なことを言う女だな、お前は」
「そうでしょうか?」
お酒を飲みながら、首を捻る。
「私には、謙信様の方が律儀に見えます」
謙信「何……?」
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謙信「食事処でお前があの男たちと揉めた時、俺が割って入り奴らを中途半端に刺激した。浪人どもが今日、お前を追いかけ回したのはそのためだ。穏便に済ませるのは向いてない。ならば、最初から徹底的に潰しておくべきだった。となれば、今からでも原因の男たちを滅して問題を解決するのは俺の役目だろう」
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(さっきだって……)
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謙信「何をもたついている。さっさと座れ。相手が誰であろうと、案内をさせるだけさせて帰すような真似はしない」
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謙信様と接した時間は短いけれど、それでも少しずつわかってきたことがある。
「……謙信様って一見冷たい気がするけど、どこか優しくて義理堅い方ですよね」
謙信「……つまらぬ戯言を、言ってくれる」
(気を悪くさせちゃったかもしれないな……)
眉を寄せた謙信様を見て、口をつぐむ。
しばらくふたりとも黙ったまま、盃を傾けた。
(それにしても、謙信様は本当にお酒が強いんだな)
水のようにお酒を飲み干し、謙信様は次々にとっくりを空けていく。
そのうちに空にゆっくりと茜色が差し始め……
(ああ、夕暮れ時だな。遅くなる前に、帰らないといけないけど……)
燃えるような空を見上げると、わけもなく寂しくなった。
謙信「……お前は」
「っ、はい」
不意に口を開いた謙信様に驚いて、声が上ずる。
謙信「お前は先ほど、やりがいのある仕事を見つけたと言っていたな」
「そうです、お針子の仕事を任せてもらえることになって」
謙信「針子か」
「それが、どうかしましたか?」
謙信「いや……」
謙信様は静かに視線を逸らし、ひと息に盃の中身を空けた。
謙信「――ふと気になって、聞いてみただけだ」
(……謙信様が純粋に私のことに興味を持ってくれたのって、初めてだな)
意識した途端、どうしてか胸が騒ぎ出す。
謙信「お前らしい、他愛ない仕事だな」
「他愛ないけど、すごく楽しいです」
素っ気なく投げられた謙信様の言葉を拾って、会話を続ける。
「謙信様にとっては……戦が楽しいことなんですよね?」
謙信「ああ。血が沸き立つほどにな」
(その心を理解するのは、きっと難しいことだ。もしかしたら無理なのかもしれない。だけど、これだけは言える)
「越後へ行っても、どうかご無事でいてくださいね」
謙信「なぜ、そのようなことを言う。俺はいずれこの安土に戦を仕掛ける男だ」
「……わかっています」
謙信「怪しいものだ」
冷ややかに笑われて、哀しくなった。
「戦は嫌いです。だけど、謙信様が悪い人には思えません。だから、命を落としてほしくないんです。あなたが安土の敵でも、たとえこれが最後のお話になっても……こうしてお近づきになれて嬉しかった」
謙信「……わけのわからないことを言う」
(謙信様……?)
左右で色の違う瞳に、不思議な熱が揺れる。
しばらく見つめ合ったあと、謙信様はふっと私から視線を逸らした。
謙信「まもなく、陽が暮れるな」
「……そうですね」
(今の顔、なんだったんだろう)
気だるげにお酒を飲み干す謙信様を眺めるけれど……
その瞳の熱は失せて、変わりゆく夕刻の空が映っているばかりだった。