上杉謙信 第1話(後半)
※ネタバレ注意。
※名前は双葉です。
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「わあ、すごく賑わってるね」
三成「はい。信長様は商業の発達や流通に心を配っていらっしゃいますから。この安土は、全国から優れた品々が集まる活気のある町なのです」
(信長様って偉そうなだけじゃなくて、実際にすごい人なんだな)
感心しながら辺りを見回していると……
商人「おや、三成様!」
大きな米問屋の店先から声をかけられ、立ち止まる。
商人「今、ちょうど御殿に使いを出そうとしていたところでございます」
三成「こんにちは。どうかされたのですか?」
商人「商人仲間から聞いたのですが、越後の上杉軍が大量の米を買い付けているそうです。そういった情報が入ったら、すぐにでもお耳に入れてほしいとのことでしたよね」
三成「ええ」
三成くんの表情が引き締まって、武将の顔になる。
三成「ぜひ詳しいお話を伺いたいのですが……今は」
三成くんは曇った顔で、ちらりと私を見た。
「私のことは気にしなくていいから、お話を聞いてきて」
(たぶん重要な話だよね。上杉軍って言ってたし)
三成「よろしいのですか?」
「もちろん。ここまで案内してくれてありがとう」
三成「申し訳ありません。この埋め合わせはまた、必ず。城下で何かお求めの時は、どうぞこれをお使いください」
三成くんは懐から銅貨のずっしり入った小袋を取り出し、渡してくれる。
「えっ、いいよ。使っちゃっても返せるあてがないし」
三成「返していただく必要はございません。双葉様は織田軍の世話役になったのですから、この町を知るのもお仕事のうちですよ。ただ町を歩くだけではなく、実際に流通している食べ物や品々を手にしてください。このお金は遊興費ではなく、教材費です」
(三成くん……私が遠慮しないように気を使ってくれてるんだな)
「ありがとう!じゃあ、少しだけ使わせてもらおうかな」
(三成くんの言う通り、お世話になる町のことを知るのも大事なことだしね)
三成「遠慮せず、思いきり楽しんでくださいね。ただ、暗くなる前には必ずお戻りください。城下といえども、夜の女性のひとり歩きは心配ですから」
「わかった。三成くんもお仕事、頑張って」
微笑んで見送ってくれる三成くんに手を振って、その場から離れる。
(どこへ行こうかな)
しばらく歩いていると……
(あ、いい匂い)
何かを炙ったような香ばしい匂いが鼻先を掠め、思わず立ち止まる。
(この時代の飲食店って、どんなメニューが置いてあるんだろう?三成くんもああいってくれたことだし、入ってみようかな)
そっと暖簾を押して、お店の中に足を踏み入れた。
店主「いらっしゃい。空いている席にどうぞ」
「ありがとうございます」
席に座って、壁に貼ってある御品書を眺める。
(わあ、どれも美味しそうだな)
悩んで目移りしていると……
浪人1「ったく、しけた店だな」
(な、何?)
不意に粗暴な大声が響き、驚いて振り返る。
浪人2「不味い飯には金を払わなくていいよな、じいさん」
店主「困ります、お客さん!」
身なりのだらしない男性客がふたり、初老の店主に絡んでいる。
(どうしよう……)
浪人1「うるせえ!」
絡んでいた男のひとりに突き飛ばされ、店主が床に倒れ込む。
店主「うう……」
(っ、大変!)
「大丈夫ですかっ」
腰を押さえる店主を見て、思わず駆け寄った。
店主「は、はい。すみません」
浪人1「おい、女。余計な真似すんじゃねえ」
「お年寄りに暴力を振るうなんてよくないですよ……っ」
浪人1「なんだと!?女のくせに」
(っ、怖い)
反射的に言い返したことを後悔しながら、ぎゅっと身体をすくめる。
(しかも気づかなかったけど、この人たち、刀を持ってる……っ。銃刀法違反…警察…だめ、この時代にそんなもの、ない。もうやだ、戦国時代なんて)
浪人2「待て。よーく見てみろよ。この女、なかなかの上玉だ」
浪人1「へえ……悪くねえな」
(っ…嫌な予感…)
値踏みをするような視線がまとわりついて、鳥肌が立った。
浪人1「ちょうど女を抱きたいと思ってた頃だ。たっぷり可愛がってやるよ、来い!」
「いや!放してっ」
腕を掴まれて、引きずられそうになったその時――
???「やめろ」
浪人1「何っ」
私を捕らえていた男の喉に白刃が突きつけられ、氷のような声が降ってくる。
謙信「聞くに堪えない諍いのせいで、俺の酒が不味くなった」
(この人は……!)
見覚えのある姿に驚いて、さっきまでの恐怖がどこかへ飛んで行った。
(上杉謙信!?嘘……なんでこんなところに)
浪人2「な、なんだ、てめえは!?」
謙信「お前らのような不良浪人に名乗る名はない。さっさと失せろ。それとも、酒の席を汚した責をお前たちの命で贖うか」
鋭くきらめく刃と言葉を向けられ、男たちの顔がみるみる蒼白になっていく。
浪人1「っ、くそ!行くぞ」
謙信「待て」
浪人2「うわっ」
後ずさって逃げようとしたところに再び刀を突きつけられ、男が情けない声を出す。
浪人1「今度は何だよ!?」
謙信「勘定がまだのようだが。食い逃げとはふてぶてしい」
(あ、そういえば、払ってなかったよね…)
浪人2「わ、わかったから刀をしまえ」
男のひとりが懐を探り、銅貨を数枚、地面に投げつける。
浪人2「これでいいだろ」
謙信「寝言を言うな。これでは店主の治療代が足りていない」
浪人1「はあ!?ちょっと突き飛ばしただけじゃねえか」
謙信「そうか。では、お前のことも『ちょっと』斬ることにしよう。それで痛み分けというものだ」
(ええっ)
無茶苦茶な理屈をこねながら、上杉謙信はうっすらと笑みを浮かべる。
気品のある顔立ちがどこか獣めいて見えるのは、色素の薄い瞳が爛々と輝いているからだ。
(これ、本気のやつだ……)
浪人1「払う!払えばいいんだろ」
自棄になったように男は叫び、さらに銅貨をばらまく。
謙信「よし、行け。二度とこの店に顔を出すな」
浪人2「ちくしょう……!」
男たちは慌ただしく走り去っていった。
謙信「骨のない男どもだ」
(すごい……。やり方は強引だけど、撃退しちゃった。お礼、言わなきゃ
けれど――
「あの、」
謙信「店主、勘定だ」
こちらを一瞥もせずに、上杉謙信は物憂げに刀を納める。
(あれ……無視、された?聞こえてたよね、今の)
店主「い、いえ。助けてくださった方から、お代は受け取れません」
謙信「そういうつもりで手を出したわけではない。ただの気まぐれだ。これは正当な酒代だ。取っておけ」
しなやかな指先が銅貨を数枚つまみ、店主の手元に押しつける。
店主「ありがとうございます……」
謙信「では、俺はもう行く」
(あ、私、まだお礼を言ってないのに……っ)
早足で去っていく背中を慌てて追いかける。
(足、速い…っ)
「待ってください!」
何とか追いついて声をかけると、ようやく振り向いてもらえたけれど…
謙信「お前は……何か用か」
煩わしそうに見下ろされて怯みそうになる。
(本能寺の夜に一度会ってることは、覚えてないみたいだな)
「用ってわけじゃないですけど、お礼を言いたくて。さっきはありがとうございました。おかげで助かりました」
謙信「店主にも言ったが、ただの気まぐれだ。不良浪人に安易に喧嘩を吹っ掛けるような女を、俺が助ける筋合いはない」
「あれはお店の人が乱暴されそうになったから、つい…」
謙信「つまりはただの考えなしか。危険な目に遭うのも自業自得だな」
「っ、すみません」
(この人、言ってることは正論だけど、ものすごく威圧的だな…)
威厳のある声も、冷たく整った容姿も、どこか優雅な仕草も――
すべてが人を従わせるためにあるみたいで萎縮してしまう。
謙信「待て。お前、よく顔を見せてみろ」
(えっ)
長い指先で顎をすくわれ、上向かされる。
ゆっくりとその顔が近づいて……
(あ……この人、瞳の色が左右で違う)
彼方に飛んだ思考の中で、なぜか今の状況とまるで関係のないことに気づいた。
均整のとれた顔立ちの中で、アンバランスな瞳の配色が不思議な魅力を放つ。
そのせいか、身動きがとれなくなった。
謙信「――やはりそうだ。お前はあの夜、本能寺近くの森にいた女だな。佐助が町へ送って行くと言っていたが、それがどうして安土にいる?」
(思い出したんだ……っ)
「ええっと、それには色々とわけがありまして」
謙信「その色々の内容を聞かせろと言っている」
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謙信様かっこよ過ぎる。。。顎クイとかまじで心臓がもたない。。(最初に信長様からもされたけど私にとっちゃ別格とか言ったら信長様ファンから殺されるのでこの辺で。。。)