上杉謙信 4話(前半)
※ネタバレ注意
※名前は双葉です
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秀吉「遅いぞ!」
三成「双葉様、お帰りなさいませ」
「秀吉さん、三成くん!」
秀吉「こんな時間まで何してた」
「ちょっと市を見回るつもりが、色々あって遅くなっちゃったんです。ごめんなさい」
秀吉「ちょっとどころの話じゃないだろ」
(すごく怒ってる……秀吉さんにとっては、要注意人物が黙って姿を眩ませたみたいなものだよね)
「本当にすみません。でも、私、逃げたりしないですよ。行くところもないですし…」
秀吉「そういう問題じゃない」
(…違うの?)
三成「秀吉様は先ほどから双葉様のことをひどくご心配されていたのですよ。もちろん、それは私も同じことです。道に迷ったり危険な目に遭ったりはしていないかと、城下を探しに行こうかと思っていたところです」
「え、そうだったの……?」
(三成くんはわかるけど、秀吉さんまで心配してくれたのは意外かも)
「心配かけてごめんなさい」
私がおずおずと頭を下げると、秀吉さんは深いため息を吐いた。
秀吉「身柄を預かってる手前、お前に何かあったら困る」
三成「きっと何か理由があったのですよ。そうですよね、双葉様」
(謙信様のことは話せないけど、浪人たちのことは正直に言った方がよさそうだな)
「実は…」
以前に城下で浪人たちに絡まれてしまったこと、
その人たちに今日、襲われそうになったことをかいつまんで説明する。
秀吉「何だと」
三成「あの日、私がおそばを離れたあと、そんな事態に巻き込まれていたなんて…申し訳ありません、双葉様」
「そんな、三成くんのせいじゃないよ!」
秀吉「どうして最初に絡まれた時に言わなかった」
「わざわざ報告するほどのことじゃないと思って……すみません」
もう一度謝った私を見て、秀吉さんの顔が曇る。
秀吉「いや……よく考えたら、思いっきり疑われてる状況で俺たちを頼れっていうのも無理があったな。その辺りのことに気を配ってやれなかった俺も悪かった」
「秀吉さん…」
(あれ、秀吉さんって実はすごくいい人だったりする……?)
秀吉「今度から何かあったら必ず報告するように」
「ありがとうございます…」
三成「今夜はお疲れでしょうから、ゆっくりと休んでください。詳しいお話は、また明日にでも」
「うん、三成くんもありがとう」
(なんだか、気を使わせちゃったみたいだ)
秀吉さんと三成くんは遠慮する私をわざわざ部屋まで届けてくれたあと、
何かを話し合いながら去っていった。
そして私が秀吉さんに浪人たちとの騒動について詳しい報告をしてから、三日後……
(信長様から急なお呼び出しを受けたけど、どうしたんだろう?あの方と話すのは、少し緊張する)
自分を奮い立たせて廊下を進んでいると、
途中、通りがかった部屋から城で働く女性たちの声が聞こえてきた。
女1「そっちの着物、いつ完成する?今回の注文量が少し多くて」
女2「明日中には終わりそうだから、私が手伝うわ」
女3「ねえ、帯の色は藍色でいいのよね?」
(お針子さんたちだな)
城下で綺麗な布を見た時のことをふと思い出す。
(やりがいのありそうな仕事だな。……羨ましい)
そんな考え事をしている間に、広間の前に着いた。
(よし、いよいよだ)
「失礼します」
ぐっと息を吸い込んで襖を開けると……
信長「来たか、かな」
(わ、他の人たちもいる……)
勢ぞろいする武将たちの姿に、ますます緊張が高まった。
三成「双葉様、どうぞおかけください。今、ちょうど会議が終わったところなのです」
「うん、ありがとう…」
すすめられるままに正座して、みんなの顔を見回す。
「あの、何かご用でしょうか?」
信長「秀吉から報告を受けたぞ。貴様、城下で浪人と諍いを起こしたそうだな」
(っ……信長様にまで話が行ったんだ)
「……その通りです」
信長「俺の持ち物でありながら、なんとも不用心なことをしたものだ。なぜ、そのような真似をした?」
四方八方から武将たちの視線が突き刺さり、思わず声を詰まらせる。
(何て説明しよう……)
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謙信「先ほども言ったはずだ。俺に対してお前のような無遠慮な口を利く女は、他にいない」
「そ、それは大変失礼しました」
謙信「謝罪を求めているわけではない。ただ――その無遠慮差で、周りの環境とやらを打ち壊していけばいいと思っただけだ。乱世の生は短い。ならば、せいぜい己の自由に生きるのだな」
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(そうだ、自分らしく周りとぶつかるって決めたばかりだった。思った通りのことを、正直に伝えるしかない)
心を決めて信長様を見つめ返す。
「お店の人を助けようとしたのは、とっさに身体が動いたからです。お年寄りが暴力を振るわれてるのを見て、放っておけませんでした」
信長「自分の身を危険に晒すとは考えなかったのか?」
「そのことには後から気づきました。もしかしたら、もっと上手なやり方があったのかもしれません。だけど、何もしなかったらきっと後悔していたと思います」
信長「…………」
(呆れられたかな。でも、これが私の正直な気持ちだ)
すると脇息にもたれた信長様が声を立てて笑った。
信長「なんとも他愛なく、短絡的な思考だ」
(そんなに笑わなくても……!)
信長「だが、よくやった」
「え?」
戸惑っている私を見て、秀吉さんが口を開く。
秀吉「お前の話を聞いたあと、食事処の店主を初めとした城下の町人へ聞き込みをしてな。件の浪人たちは他の店でも狼藉を行う、有名な鼻つまみものだった」
「そうなんですか……?」
(迷惑をかけてたのは、あのお店だけじゃなかったんだ)
秀吉「さっそくひっ捕らえて相応の処罰を与えておいたから、安心しろ」
「もう捕まったんですか!?」
(話をしたのはついこの前のことなのに、すごいな。でも…)
「いくら城下で狼藉を重ねてたにしても、信長様や秀吉さんが動くほどのことじゃないような…」
信長「その考えは浅はかだな。治安が乱れれば、民の仕事が妨げられ国の発展に影響が出る。俺が民の暮らしに気を配るのは当然だ」
「民の暮らしですか……」
目から鱗が落ちたみたいに、はっとする。
(そうか。武将って、戦うだけが仕事なわけじゃないんだ。この時代には警察も裁判所もないから、上に立つ人が目を配ってないとすぐに治安が乱れてしまう。信長様は、町の人の暮らしを守って豊かにしてるんだな)
三成「双葉様、食事処の店主が貴女にくれぐれもお礼を伝えてほしいと言っていたそうですよ」
「そんな……。実際に浪人たちを撃退したのは私じゃないよ」
(謙信様はまだ安土城下にいらっしゃるのかな?あまり危険なことをしてないといいけど)
ふと浮かんだ考えにけりをつけて、言葉を続ける。
「とにかく、私はお礼を言われるようなことは何も」
信長「一番初めに店主を庇ったのは、貴様だと聞いてるぞ。何事においても最初に動いた者は、それだけで一定の評価に値する。他人に左右されない行動基準がその者の中にあるという証だからな」
「そうでしょうか……?」
(嬉しいけど、過大評価な気がするな……)
自信が持てなくて首を傾げていると、信長様がにやりと笑う。
信長「この俺がそうだと言っている。貴様があの日、燃え盛る本能寺から俺を連れ出したのも、己の行動基準に従ったためだろう」
「あ……確かに、そうかもしれません」
(あの時も、怖いとか危ないとか考えるより早く行動してた)
信長「貴様はこの俺の命を救っただけに留まらず、城下の治安維持に貢献した。やはり俺にとって幸いを運ぶ女であることが証明されたな。褒めてやる、双葉」
(言い方は相変わらず偉そうだけど、こんなに褒めてもらえるなんて)
気がつくと、他の武将たちもどこか温かい視線を注いでくれていた。
三成「よかったですね、双葉様!」
政宗「やっぱり面白い女だな、気に入った」
家康「面白いっていうか、ただの考えなしでしょう。……まあ馬鹿みたいな度胸だけは認めるけど」
光秀「考えなしも突き抜けると人の心を動かすものだ」
秀吉「双葉」
秀吉さんが真面目な顔で私に呼びかける。
「は、はい」
秀吉「俺はお前を誤解してた。浪人たちから店主を守ろうとしたお前の正義感は本物だ。本能寺で御館様を助けてくれて、ありがとな」
「っ、ううん…。信じてくれてありがとうございます」
秀吉「疑った詫びに、これからは何でも頼ってくれ」
「はい!」
秀吉「ああ、喋り方もかしこまらなくていいぞ。お前と親しくなりたいからな」
政宗「抜け駆けか、秀吉。双葉、俺も敬語はなしでいい。呼び方も『政宗』でいいから間違えるなよ」
「う、うん。わかったよ、ふたりともありがとう」
(嬉しいな)
さっきまでの緊張が嘘のようにほぐれていく。
信長「褒美に欲しいものがあったらくれてやる、言ってみろ」
「褒美!?そう言われても、ええっと……」
(あ、そうだ!)
我ながらいい考えが閃いて身を乗り出す。
「私をお針子として働かせてくださいませんか?」
信長「針子だと?」
「はい!」
私が勢い込んで返事をすると、みんなは怪訝そうに顔を見合わせた。
家康「働かせてくださいって、それのどこが褒美になるの」
「着るものを作るのが、もともと好きなので…自分が作ったもので誰かを喜ばせる仕事をするのが、夢だったんです」
政宗「へえ。お前にそんな一面があったなんて驚いた」
光秀「それにしても高価な装飾品や着物を欲しがるかと思えば、無欲なことを言うものだ」
信長「予想を上回るうつけ者だな、双葉。ますます気に入ったぞ」
「そ、それはどうも」
(そんなに変なこと言ったかな)
急にきまりが悪くなって、その場で座り直す。
信長「良かろう。この安土城で貴様が針子の仕事につけるよう取り計らおう。無論、成果に応じて報酬も与える。しかと励むが良い」
「本当ですか?ありがとうございます!」
(好きなことができるのって、やっぱり嬉しい)
やりがいのある針子の仕事も見つかり、本能寺の一件にまつわる誤解も解け、
安土城の中に居場所がなくて悩んでいたのが嘘みたいだ。
(謙信様が言ってくれたみたいに、乱世だからこそ自由に生きよう。もしまた逢えたら、お礼を言わなきゃ)
こうして、私の戦国ライフは改めて一歩前に踏みだすことになったのだった。
(市へ出るのも久々だな……!)
お針子の仕事で初給料をもらった私は、達成感に溢れて町へ出掛けていた。
(この時代で稼いだ初めてのお金を、どうやって使おうかな。綺麗な布を買い足すのもいいけど、お世話になってる人たちへ何かプレゼントするのもいいな)
弾む足取りで歩いていると……
佐助「双葉さん?」
「佐助くん!」
道の端から声をかけられて、立ち止まる。
???「佐助、誰だよ、その女」
「あ!あの時の…」
(幸……佐助くんが言ってた幸村って人だ)
いくつかの品物を並べたござの向こうに腰を下ろした幸村が不審そうに私を見ていた。
(何をしてるんだろう?)
佐助「幸村、彼女とは一度会ってるだろ、良く見て」
幸村「あ?あー…崖から飛び下りそうになってた変な女じゃねえか」
幸村は私を覗き込むように見つめたあと、ぽんと手を打つ。
「変な女って……失礼じゃない?」
幸村「変なもんは変だろ。大体、お前、何で安土にいるんだよ」
(ええっと……)
「まあ、それには深い事情があって…。今は安土城下の武家のもとで働いてるの」
以前の佐助くんを見習って、たどたどしいながらに言い訳する。
幸村「怪しい」
(う、鋭い……。いや、私の誤魔化し方が下手すぎる?)
佐助「幸村、彼女は俺たちの素性をもう知ってる。警戒しなくてもいい」
幸村「は?なんで知ってんだよ」
佐助「謙信様がこの前、偶然にも城下で彼女と再会したんだ」
佐助くんがそこまで言うと、幸村が納得したように大きく息をついた。
幸村「なるほどなー。あの人、自分の素性を隠す気がないにもほどがあるよな」
(よかった、なんとか切り抜けたみたいだな)
「幸村はここで何やってるの?」
幸村「見りゃわかるだろ、行商だよ」
「行商?」
佐助くんがこっそりと耳打ちしてくれる。
佐助「流しの商人ってことにしておいた方が、敵地では何かと都合がいいから」
(あ、偵察のための隠れ蓑ってことか)
「そうなんだ…。大変だね」
かがみこんで品物を手に取って見る。
「これ、女性用の装飾品?」
幸村「おー…。言っとくけど、理由は聞くな。俺だって好きで扱ってるわけじゃねー」
「そうなの?でも、すごく可愛い。確かに幸村には似合わないかもしれないけど」
幸村「似合ってたまるか」
かがみこんで見ていると、ふと上から影が落ちた。
???「騒がしいな」
(え……?)
気だるげな声にドキリとして振り向くと――