イケメン戦国 第2話(前半)
※ネタバレ注意。
※名前は双葉です。
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謙信「その色々の内容を聞かせろと言っている」
しどろもどろに言い訳を始めようとしたその時――
佐助「あれ、謙信様と……双葉さん?異色の組み合わせですね。ふたりで何やってるんですか?」
「佐助くん!」
ひょっこりと佐助くんが現れて、私たちを見比べる。
謙信「佐助か……。勝手に組み合わせにするな。俺はこの怪しい女の素性を尋問しようとしていただけだ」
上杉謙信は私から離れ、佐助くんを睨んだ。
佐助「ああ、彼女は……」
佐助くんの落ち着いた眼差しが、少しだけ思案するように私に向けられた。
佐助「双葉さんは、この安土の武家のもとで住み込みの仕事をしてるんです。本能寺の一件で俺たちと会った時は、京へ旅をしている最中だったそうです」
(確かにタイムスリップしちゃったのは京都旅行の時だし、『武家のもと』に住んではいるけど…)
嘘もつかず鮮やかに誤魔化してしまった佐助くんの頭の回転の速さに、密かに感心する。
謙信「ただの町娘か。本能寺の一件に関わりのある女ならば、戦の火種に使えるかと思ったものを」
「えっ」
(戦の火種って、人質にしたりするってこと?やっぱりこの人には、私が織田軍のもとにいることを知られるわけにいかない……!)
佐助「敵地で問題発言をしないでもらっていいですか。ただでさえ謙信様は目立つんですから」
佐助くんの淡々とした口調の中に、わずかに呆れがにじんでいる。
謙信「堂々と振る舞った方が案外、気付かれないものだ」
謙信様も腹を立てる様子はなく、傲然と言葉を返す。
(佐助くん、すごいな。上杉謙信と対等な口を利いてる…)
謙信「あの信長も、まさか敵の将たる俺が安土に潜入しているとは思わないだろう」
(ちょっと待って!)
「あの、私、聞いてますけどいいんでしょうか」
(私がただの町娘だったとしても、大問題だよ)
謙信「ほう、密告するか」
色違いの瞳が、危うい光を帯びてわたしを見据えた。
謙信「この上杉謙信の首を献上すれば、さぞかし褒美がもらえるだろう」
(っ…圧倒されてしまいそう)
佐助「謙信様、レッドカード。かなさんを脅さないでください」
謙信「れっどかーど…?」
佐助「一発退場って意味です」
割って入った佐助くんのどこかとぼけた口調に、謙信様が首を捻る。
(助かった。佐助くん、ナイス!)
佐助「彼女は戦に興味がないし、密告なんてしません。そうだよね?かなさん」
「っ、うん。そもそも助けてもらった身で密告なんてできないよ」
私の言葉を謙信様は一笑に付した。
謙信「もとより、こそこそと身を隠して動くのは性に合わない。素性が知れたら、それはその時というものだ」
(でも…)
「でも見つかったら大変な目に遭うのは……あなた、謙信様じゃないですか?」
謙信「そうなればそうなったで面白い。わざわざ安土に来た甲斐があったというものだ」
(面白いって、どこが?)
「……殺されてもおかしくないですよね?」
謙信「俺が殺される、か。幾千の矢と鉄砲の飛び交う戦場で死なぬ俺が、このような城下で果てるはずもない」
(どうしてそんな確信が持てるの?)
冴え冴えとした笑みの意図が読めないまま、ぞくりと震えが走る。
謙信「俺は退屈しているのだ。早く大戦を起こさなければ、この心は飢えてしまう」
(三成くんが言ってたみたいに、本当に戦が好きなんだな)
考えるより先に、ストレートな疑問が口をついて出た。
「謙信様は、どうしてそんなに戦がお好きなんですか?たくさんの人が死ぬだけじゃなくて、謙信様自身も命を落とすかもしれないのに」
佐助「双葉さん…」
(しまった、余計なこと聞いたかな)
佐助くんの驚いたような顔で我に返る。
謙信「妙なことを聞くのだな、お前は。俺は死を恐れたことなどない」
ふと謙信様は物憂げに目を伏せ、長いまつ毛がその顔に影を落とす。
謙信「――死線を潜り抜ける間だけが、俺に生の実感を与えるのだから」
(その顔は、何……?)
凍てついたような表情の下で、一瞬だけ大きな熱が揺れた。
◎質問する (選択肢 4+4)
「……何か、理由があるんですか?戦でしか生の実感を得られないのには」
謙信「理由だと?……そんなものは、ない」
謙信様は、冷たく私の言葉を否定する。
謙信「とにかくお前には関わりのないことだろう。戦場に行くこともない女には、理解する必要もない」
(それはその通りだ。でも…)
さっき一瞬だけ垣間見た謙信様の表情が、無性に胸にひっかかる。
(もしかしたら謙信様は、ただ純粋に戦いを楽しんでるだけじゃないのかもしれない)
「あの、余計なお世話だとはわかってますけど…戦以外に、楽しいことはたくさんあると思います」
謙信・佐助「…………」
謙信「お前は何を言っている」
気まずい沈黙のあとで、謙信様がぽつりと口を開く。
その眉間に刻まれたしわを見て、早くも発言を後悔しそうになるけれど…
(いや、もうこうなったら思ってることを素直に言うしかない)
「戦いの中でしか生を実感できないのは、私には哀しいことに思えます。だから……謙信様にも、いつか言浸かるといいなって思います。戦以外の、楽しいことが」
まっすぐに謙信様を見据えると、その色素の薄い顔にかすかな驚きの表情が浮かんだ。
謙信「……生意気な女だ。まあ良い。俺は戦に生きて、死ぬ。女に構う暇などない」
謙信様はばさりと羽織を翻し、話題を終わらせる。
謙信「先にお前のねぐらに行っているぞ、佐助」
佐助「わかりました。くれぐれも騒ぎを起こすのは避けてください」
謙信「守れない約束はしない主義だ」
「あ……」
(行っちゃった……。結局、分かり合うことはできなかったな)
悠々と去って行く謙信様を見守り、佐助くんがこちらに向き直る。
佐助「謙信様が迷惑をかけたみたいで、ごめん」
「違うの、むしろ私は助けてもらったんだ」
佐助「謙信様が君を?」
「うん。実は……」
私が事の次第を説明すると、佐助くんは深く頷いた。
佐助「そんなことがあったのか。大変だったな」
「うん。謙信様のおかげで無事だったけど…私が考えなしの行動をしたから、謙信様の気に障ったのかもしれないな」
私に接する時、謙信様は終始、冷たい眼差しをしていた。
(突き放されて、ろくにお礼も言えなかったな)
佐助「ああ、それは君のせいじゃない。謙信様は、女性嫌いで有名なんだ。誰に対してもああいう態度だから、気にしないでほしい」
「そうだったの……?」
(女性嫌いか……。だとするとあの冷たい態度も納得だな)
佐助「それと、俺が織田軍の敵陣営にいることを黙っててごめん」
佐助くんは無表情な顔をわずかに曇らせた。
佐助「もう気づいてると思うけど、俺がこの時代で仕えてる主君は謙信様なんだ」
(やっぱりそうだったんだ…)
わだかまっていた疑問が解消されて、少しすっきりする。
「気にしないで。立場上、私に軽々しく言うわけにいかないよね」
佐助「もっとも謙信様本人に隠す気があまりないから、織田軍の人たちも謙信様が生きてることに勘づき始めたみたいだけど」
「うん。今日、安土城でちょうどその話が出てたから、謙信様に逢った時はびっくりしちゃった」
佐助「誰にも言わずに越後を抜け出したから、謙信様の城、春日山城はちょっとした騒ぎになったみたいだ。困った主君だけど、結果的に君を助けられたならよかった」
(なんだか、佐助くんも苦労してそうだな)
「佐助くんは、タイムスリップのあと、謙信様の命を助けたって言ってたよね?それ、具体的にはどういう経緯だったの?」
佐助「ああ。四年前に俺がタイムスリップした場所は戦場だったんだ。その時に目の前で謙信様が倒れてたから、救命措置を行った」
「救命措置……?」
佐助「大したことはしてない。気道の確保、呼吸の確認、心臓マッサージ…とひと通りのことをしただけだ。場所が場所だけに、周囲の安全を確保するのが大変だったけど」
(淡々と言ってるけど、すごすぎる…)
「タイムスリップの直後でも冷静だったんだね、佐助くんは」
佐助「君だって、信長様の命を助けてる。刺客から救うなんて、そっちの方がよほどハードルが高いと思う」
「あ、そっか…」
(とっさのこととはいえ、あの時はよく身体が動いたな)
佐助「とにかくそれがきっかけで、謙信様お抱えの忍者集団、軒猿に入れてもらって修行した」
「それで忍者に……。波乱万丈だね!五百年後で自伝を出したらベストセラーになりそう」
佐助「戦国ライフを楽しんでたら、そうなってしまっただけだ」
(楽しむか……。佐助くんは適応能力が高いんだな)
この時代に馴染めずに途方に暮れている私とは、大違いだ。
尊敬の眼差しで佐助くんを見つめる。
佐助「まあとにかく……俺は忍者の修行をし、謙信様は表向き死んだことにして城主の座から退いた。もちろん、実際に上杉家を動かしてるのは、今も謙信様だけど」
(うーん。段々、混乱してきたな)
「どうして謙信様は死んだふりなんてしてるの?」
(何か、壮大な企みがあるとか…)
佐助「謙信様は城主を退くことで、何のしがらみもなく、戦の前線に立ちたかったみたいだ」」
(そんな理由!?)
意外な答えに、あ然として聞き返す。
「ええっと、冗談、だよね?」
佐助「残念ながら、謙信様はそういう困った人なんだ」
(信じられない……)
佐助「強敵、信長様と戦いたい謙信様はその機会を虎視眈々と狙い…同じように死んだふりをして身を隠してた武田信玄と同盟を結んだ。信玄様とその部下の幸村…幸って呼ばれてた男とは、君も会ってるはずだ」
「うん……。本能寺の夜のことだよね」
一度に詰め込みすぎた情報を、頭の中で整理する。
(死んだはずの信長様の敵、謙信様と武田信玄は生きていて同盟を結んでる。いずれ、織田軍に対して戦を起こすために)
「聞いておいて何だけど、ここまで私に話して大丈夫なの?」
佐助「今日、俺が話したことは近いうちに織田軍も知ることになる。それに…」
佐助くんが真剣な眼差しで私を見つめる。
佐助「知り合って間もないけど、君は信用できる女性だと思う」
「ありがとう…」
(佐助くんみたいな人に、信用してもらえるのは嬉しいな)
心の内側がほのかに温かくなった。
佐助「ああ、そうだ。これだけは言わせて」
「何?」
佐助「謙信様のこと。ああ見えて、悪い人じゃないんだ。信じてもらうのは難しいかもしれないけど、頭の片隅に留めておいて」
(悪い人じゃない、か……。佐助くんがそういうなら確かなのかもしれない。実際、やり方は荒くても私のことを助けてくれた。本人はただの気まぐれだって言ってたけど…)
「わかった。覚えておくね」
佐助「ありがとう」
(あ、笑った……)
出会った時からあまり笑ったところを見ない佐助くんの唇が、わずかにほころんでいた。
(佐助くんと謙信様の間には、特別な絆があるみたいだな)
人を寄せ付けない雰囲気の謙信様も、佐助くんと話す時にはどこか人間味が感じられた。
その後も、しばらく佐助くんと他愛ない会話を交わし……
帰りは安土城の近くまで送ってもらった。